AI時代のプロフェッショナル 後編 組織に貢献するプロフェッショナル
後編では組織の中のプロフェッショナルに焦点を当てます。どのような立ち位置であるのか、どのようなスキルが求められるのか、考えてみます。
はじめに
前回はプロフェッショナルの条件と、AIをどう活用していくかについて説明しました。専門性や品質を高め、責任と信頼を担うという話は、エンジニアやデザイナーとしての「職人」の視点が中心でした。
しかし、組織の中では職人だけがいても成り立ちません。凄腕の職人ばかりであればうまくいく場合もあるかもしれませんが、現実はそう甘くありません。今回は視点を広げ、組織の一員としてプロフェッショナルであるとはどういうことかを考えていきます。
会社における仕事の本質
株式会社は利益を生み出すことを目的としています。そのため、会社が社員に求めるのは、ただ作業をこなすことではありません。会社に利益をもたらす働きが求められます。
よく「給料の3倍稼いでやっと一人前」と言われます。3倍と聞くと多く感じるかもしれません。しかし給料以外にも、社会保険料の会社負担分、福利厚生、オフィスの家賃、ソフトウェア利用料、AIツールの費用など、さまざまな経費がかかります。業態によって比率は異なりますが、おおむね2倍稼いでトントン、3倍稼いでようやく会社に利益をもたらしているといえるでしょう。
利益への貢献は、売上を増やすことだけではありません。ムダな作業を減らし、同じ成果をより少ない時間で出せるようにすることも、立派な利益貢献です。仕組みを作る力は、まさにこの後者の貢献につながります。
仕事の3つの段階
仕事に対する認識は、成長とともに変わっていきます。筆者の経験から、仕事には大きく3つの段階があると考えています。組織にはさまざまな段階の人がいます。自分がどの段階にいるかを自覚し、より高い段階へ進むことが、組織への貢献につながります。
1. 時間を売る段階
最初は時間を売ることから始まります。アルバイト的な働き方で、マニュアルに沿った動きを求められます。「会社に出勤していればOK」という考え方がこの段階です。給料は低く、遅くとも20代で卒業すべき段階ですが、残念ながらいくつになってもこの思考にとどまる人もいます。
2. 成果を売る段階
次に、作業をこなして成果を出す段階があります。これを専門化し、品質を上げていくのが前回お話しした「職人」的な働き方です。多くの人がこれを仕事だと認識していますが、それだけでは会社のメンバーとして求められる役割には足りません。
言われた作業がなければ動けない、受動的な姿勢に陥る可能性もあります。積極的に動いて仕事を取ってくる人もいますが、会社としてはさらに上を期待しています。
3. 仕組みを作る段階
仕事の本質は「仕組みを作ること」です。ここでいう仕組みとは、単にプログラムを書くことではありません。繰り返し発生する作業を効率化し、次から楽に稼げる状態を作ることです。
サイボウズが2016年に公開した仕事の本質は「いかにラクをするか」という記事では、この考え方がわかりやすく言語化されています。10年近く経った今でも色褪せない、すばらしい記事です。
仕組みの作り方
「仕組みを作る段階」が仕事の本質ならば、「仕組みを作る」とはどういうことでしょうか。
仕組みを作るとは、たとえば次のようなことです。マニュアルを整備して次回から迷わないようにする。プログラムを用意して手作業をなくす。AIに任せられる部分を切り出して自動化する。こうした「楽に稼げる仕組み」を構築することを指します。
よい仕組みを作るには、まず自分で作業の流れを把握する必要があります。実際に手を動かしてみないと、どこにムダがあるかは見えてきません。
次に、その作業を観察し、繰り返しのパターンを見つけます。「毎回同じことを調べている」「同じ形式で書き直している」といった箇所が仕組み化の候補です。つまり面倒だと感じる作業が候補ですが、慣れている作業ほど面倒だと感じなくなっていたりするので、日々の作業を記録するなどうまく観察してパターンを見つけましょう。
最初から完璧を目指さなくてもかまいません。まずは自分だけが使う小さな仕組みから始め、うまくいったら周囲に広げていくとよいでしょう。
新しい仕組みにより不要になるものを見極める、リファクタリング的な思考が求められます。古い仕組みを残したまま新しい仕組みを追加すると、かえって複雑になります。
AI時代の仕組み
では、AI時代において「仕組みを作る」とはどういうことでしょうか。
AIが実用的になった今、既存の仕組みを見直す時が来ています。これはパソコンが普及した時と同じ状況です。AIがない時代のやり方のままAIを使っても、大した効率化にはなりません。検索の代わりとしてAIに聞くだけでなく、今まで人間でしかできなかった仕事をAIに任せられないか考えていきましょう。
とはいえ、急激に変えるのは難しいものです。少しずつ着実に変えていき、気づいたら原型が残っていないぐらい変わっていた、というのが理想的な進め方です。まずは会社全体ではなく、AIで何が効率化できるか試し、感触をつかむところから始めましょう。
簡単だけど時間を取られていることを置き換える
筆者の場合、自分の作業の効率化として、毎日届くメールのチェックとIssueの作成作業をAIに置き換えたことでうまくいきました。
具体的には、Google Workspace Studioを使い、毎日のメールを要約しています。テンプレートで用意されているデフォルトのままGoogle Chatに通知しています。iPhoneのGmailアプリでも確認できるので十分です。
Issueの作成はGitHub Copilot CLIで使えるカスタムコマンドにしただけです。本文をフォーマットに合わせて整え、ラベルをつけたり、プロジェクトと紐付けたりといったことをAIに任せて行っています。
一見些細に見える作業でも、毎日繰り返すものは積み重なると大きな時間になります。そこから手をつけるのが効果的です。
今後こういったうまくいった事例を少しずつ会社全体で当たり前になるように広めていこうと考えています。
自分の担当外の領域に手を伸ばす
エンジニアであれば、デザインやディレクションなど他の領域にも目を向けてみてください。複数の領域を見ることで、AIで効率化できるポイントが見えてきます。
たとえば、デザイナーから受け取ったFigmaのデザインを毎回手作業でCSSに変換しているとします。この場合、デザイン側のレイヤー命名規則を少し調整するだけで、MCPを経由したAIによる変換精度が上がります。これは両方の領域を見ている人でなければ気づけない改善です。
補足:MCP
Model Context Protocol(MCP)とは、AIが外のデータや道具と標準化された方法でつながるための共通プロトコルです。これにより、AIがインターネット上や手元のデータ、アプリ、専門ツールなどに安全に、簡単にアクセスできるようになります。
逆にデザイナーがエンジニアリングの知識を持てば、AIを利用して現状の実装がどうなっているか調べたり、プロトタイプを作り機能しそうかの判断が自分でできるようになります。領域を越えることで、受け渡しのコミュニケーションコストが減り、全体のスピードが上がります。
ディレクターならば、簡単な修正であればエンジニアに頼まずともAIだけで完結してしまうこともできるでしょう。
人とのコミュニケーションはコストが大きいものです。「わからなかったら聞いて」と言われても何も情報がない状態と、マニュアルやドキュメントが整備されている状態では、仕事の進めやすさがまったく違います。人に聞かなくても進む仕組みを作ることは、効果的な取り組みです。
人間がコードを書く時代の終わり
プログラミングでは、AIによって「人間がコードを書く」ということがなくなりつつあります。正確にいうと、プログラミング言語のシンタックスを調べ、タイプするという作業がなくなりました。代わりにやりたいことを指示してコードを生成し、それが正しいコードかどうかチェックするのが人間の仕事になっています。
Node.jsの作者として広く知られるRyan DahlがXで2026年1月20日に次のようにポストしています。引用して翻訳します。
the era of humans writing code is over. Disturbing for those of us who identify as SWEs, but no less true. That's not to say SWEs don't have work to do, but writing syntax directly is not it.
日本語訳
人間がコードを書く時代は終わりました。ソフトウェアエンジニア(SWE)としてのアイデンティティを持つ私たちにとっては衝撃的かもしれませんが、紛れもない事実です。これは、SWEにやるべき仕事がないという意味ではありません。ただ、直接コードの構文を書くことは、もはやその仕事ではないということです。
つまり、仕様どおりにコードを書くだけのプログラマーは、AIに置き換えられつつあります。デザインをHTMLとCSSにするマークアップを中心とした作業も同様です。
問題をどう本質的に解決するかを考え、AIを使って効率よく品質のよいコードを生み出すことが大事でしょう。そして可能であれば、それを仕組みにしていくことです。これまで大きな比率を占めていた「作業」はAIが担うようになり、人間の仕事は仕組みを作る方向へシフトしていくのでしょう。
まとめ
時間を売る、成果を売る、仕組みを作る。この3つの段階のうち、組織に求められるのは仕組みを作る側に立つことです。
今うまくいっている仕事や仕組みを変えるのは勇気がいります。しかし、AIが実用的になった今、変化に向き合わなければ取り残されてしまいます。
まずは小さく始めてみてください。自分の仕事で繰り返している作業を1つ書き出す。AIに任せられそうな部分を考える。小さく試して効果を測る。この積み重ねが、仕組みを作る側へ進む第一歩です。
「仕組みを変える」という経験は、AIが実用的になってきた、今この時代でしかできないものです。それは、組織に貢献するプロフェッショナルとして意義のある仕事だと筆者は考えています。